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Hearthstoneフレーバーテキスト日英比較ー「旧神のささやき」編(後編)

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前半に引き続き「旧神のささやき」のフレーバーテキストを見ていく。なお、今回は最後にベスト翻訳とワースト翻訳を選んでみた。

Grotesque Dragonhawk /  死出路のドラゴンホーク

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「旧神がもたらす堕落の力を広め、全国のアナログテレビが映らなくなるようにした、別次元からの忌まわしき存在。」

原文:They say that "grotesque is in the eye of the beholder," but that's just because they've never seen a Grotesque Dragonhawk. Yikes! (「グロテスクは見るものの目の中にある」って言うけど、それはグロテスク・ドラゴンホークを見たことがないからそんなことが言えるんだよね。うぎゃっ!)

 原文の慣用表現っぽいのは、元は「Beauty is 〜」で「美は見るものの目の中にある=美醜の認識は主観的なものにすぎない」という諺から来ている。

 翻訳は全然違っていて、地デジカの手先みたいな真似をしている理由がわからず悩んだが、名前が死出路(しでじ≒ちでじ)だからと納得。だが、そもそもなぜGrotesqueの訳が「死出路」になるのかがわからない。実は今回、カード名の翻訳でなぜ?(主に妙な当て字だが)というのが多い。

 

地デジカがわからない人のために。着用しているのがスク水か否かで論争があったと記憶している。

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Mark of Y'Shaarj / ヤシャラージュの烙印

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「自分はヤシャラージュのご落胤である、と名乗って甘い汁を吸おうとする詐欺師は、だいたい暗黒教団の儀式の生贄として悲惨な最期を遂げる。」

原文:Y'shaarj had three sons: Mark, Theodore, and Chris.(ヤシャラージュには三人の息子がいた。マーク、テオドア、クリスである。)

 原文は、旧約聖書の創世記から「ノアには三人の息子がいた。シェム、ハム、ヤフェトである。(Noah had three sons; Shem, Ham and Japheth.)」を拝借し、紋章の意味の Mark を人名として読み替えたジョークである。

 対して翻訳は、Markを「烙印」と訳した上で「落胤」と読み替えていて、これは上手いと思ったが、後半の超展開がなかなか理解不能だ。落胤を名乗った詐欺事件としては有栖川宮詐欺事件というのがあるようだが、暗黒教団云々という話ではない。私が元ネタを知らないだけなのか、訳者の暴走なのか気になるところである。

 

炎魔コウモリ/Firely Bat

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「獣の一族が有利な時は獣の仲間だと主張し、鳥の一族が有利なときは鳥の仲間だと主張し、炎の精霊族が有利なときは炎の精霊の仲間だと主張する、ものすごい卑怯者。」

原文:He'll always be our first.(彼はいつも我々の一番最初なんだ。)

 このカードは、ワールドチャンピオンシップ初代優勝者のFirebatに捧げたものだとされている。原文のフレーバーテキストもそういうこと。ブリザードも粋なことをしますね。

 翻って翻訳を見ると、なんともいえないテキストとなっている…イソップ物語の卑怯なコウモリの逸話を元にしているのはわかるが、初代王者へのリスペクトになど何の関心も払ってないのがすごい。まあ。翻訳者が隙あらば己のルサンチマンを捩じ込んでくるのが、日本語版の醍醐味なのかもしれない。

 

黄金の槌の呪縛霊/Twilight Flamecaller

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「さあクトゥーン、あたしの言う通りに言ってみて。『おまえの母ちゃん、ハムスター!』」

原文:"Ok C'Thun, repeat after me: 'Your mother was a hamster.'"(「いい、クトゥーン?リピートアフターミー。『お前の母ちゃん、ハムスター!』」)

 原文と翻訳に差はないのだが、これを読んだ人の多くは「お前の母ちゃんでべそ!」じゃないの?と疑問を抱かれただろう。「お前の母ちゃん、ハムスター!」というフレーズは、実は「モンティ・パイソン」で出てくる有名なフレーズである。フランス人が相手を罵倒しようとして、必死になって拙い英語で間抜けな悪口をでっち上げた、というジョーク。


French Taunter - Monty Python and the Holy Grail (1:45〜)

 異邦人に卑語やおかしなフレーズを教え込もうとするのはよくあることだろう。そういえば、私の友人もスリランカ人に「ガン垂たれてんじゃねーぞ!」を熱心に覚えさせていた。

 他に確認できたものだと、「バイルフィンの異端審問官」の「まさかの時のバイルフィン宗教裁判!」というフレーバーも「まさかの時のスペイン宗教裁判!」というモンティ・パイソンのネタである。

 ちなみにちょっと調べてみたら「お前の母ちゃんでべそ!」という小学生しか使わないような悪口は意外に深くて、「お前の母ちゃんがでべそであることを知っている=お前の母ちゃんの裸を見たことがある=お前の母ちゃんと関係を持ったことがある(!)」ということを意味したものらしい。マジかよ…

 

ベスト翻訳
凶刃の狂信者/Bladed Cultist  ベスト翻訳

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「貧しい者たちを豊かにするため、ヤツは今日もトリクルダウンを推進している。ちなみに、ヤツは「トリクルダウン」を血が滴り落ちることだと勘違いしているんだ」

原文:He has a poor understanding of the law of diminishing returns.(彼は「収穫逓減」の法則をよくわかってないんだ。)

 原文の「収穫逓減(diminishing returns)」は経済学の用語で「ある点以降、生産を増やそうとすると一単位あたりの費用がどんどん増大していくこと」を意味する。凶刃の狂信者はこれを勘違いしてdiminishingを「先細りさせる(先を尖らせる)」と解釈しているということだろう。カードの使用時に「You’re not that sharp.(お前、あんまり尖ってないね)」「A little cut(ちょっとカットしようか)」と喋ることからもそれは明らかだ。

 対して翻訳の「トリクルダウン」とは「滴り落ちる」を意味し、こちらも経済用語で「富裕層が豊かになって消費や投資を行うことで、貧困層にも富が滴り落ちて社会全体が豊かになる」という意味である。狂信者の誤解はちゃんとテキストで述べられているので説明不要だろう。

 同じ経済用語の勘違いジョークだが、圧倒的に翻訳のほうが上手いと思うし、何より面白い。イマイチな原文をそのまま訳さず、同じ土俵で更によいものを見せたこのカードが、今回の拡張版で最良の翻訳だと思う。

 

グマグ・レイジャー/Am'gam Rager  ワースト翻訳

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「マグマが…裏返ったァッッ」

原文:peerc rewop(プーリク・ーワパ)

 原文のパワー・クリープとは、既存よりも強いものが次々と新規投入されること、強さのインフレを意味する。以前、5/2のアイス・レイジャーが拡張版で追加された際、同コストの5/1のマグマ・レイジャーの完全な上位互換でありパワー・クリープの証だとしてコミュニティから非難の声が上がり、ブリザードがそれについて弁明したということがあった。そして、今回スタンダード・フォーマット導入の目的の一つが、このパワー・クリープの抑制である。

 フレーバーテキストで「パワー・クリープ」を裏返し、パワー・クリープ前のマグマ・レイジャーとステータスの数値が(アタックとヘルスが逆だが)同じミニオンを出すことで、ブリザードは今回のスタンダード導入の意義を明確に示し、ユーザーの声に対して誠実に対応する姿勢を打ち出しているのだと言えよう。

 翻訳は『刃牙』シリーズに出てくる「毒が…裏返ったァッッ」という台詞を元ネタとしたもの。確かに裏返っているには違いないが、スタンダード導入の象徴ともいえるこのカードのフレーバーテキストを、単なるマンガの一節で片付けてしまったのは残念だ。


頽廃させしものン=ゾス/N'Zoth, the Corruptor

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「五千年もの間、ヤツの頭のなかでは「アンダー・ザ・シー」の歌が流れ続けている。」

原文:Has not been able to get "Under the Sea" out of his head for like FIVE THOUSAND YEARS.(彼は「アンダー・ザ・シー」が頭のなかで流れ続けるのを止めることができなかった。それも五千年もの間。)

 おまけに最後の一枚。原文も訳もなんてことはなさそうだが、これは「アンダー・ザ・シー」を聴いたことがあるかどうかで受ける印象が違ってくるだろう。よかったら聴いてみてほしい。


The Little Mermaid - Under the Sea

 この脳天気な曲が、昏い海の底で封印されているときに、何千年もの間ずっと頭から離れずにループしていたとしたら、世界のすべてを混沌に陥れたいという願望を抱いたとしても、誰がそれを責めることができるだろうか?