ハースストーン フレーバーテキスト日英比較―「ワン・ナイト・イン・カラザン」編

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 ハースストーン最新拡張版「ワン・ナイト・イン・カラザン」に収録されたカードのフレーバーテキストの原文と和訳を比較し、それぞれに秘められた仕掛けや意図を読み解いていきます。

 先日、今年最後の新拡張版が発表がされたときに「ワン・ナイト・イン・カラザン」のフレーバーテキストをまだ記事にしていなかったことを思い出し、急いで仕上げました。下調べは数ヶ月前に済んでいたのですが…なお、これを機にハースストーン関連の記事は前のブログからこちらの新しいブログに移行します。よろしくお願いします。

 

これまでに書いたフレーバーテキスト日英比較記事はこちら

 

《ヴァイオレット・アイの幻術師/Violet Illusionist

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彼女の芸名は「愛の幻術師ヴァイオレット」である。

原文:She’s much more cheerful after losing the ‘n’ in her name.(名前の中の”n”をなくしてからというもの、彼女はずっと朗らかになった。)

 原文の言う”n”、名前のどこに入れるかわかりますか?私はかーなり長い間考えました。そう、Viole”n”tですね。「Violent(暴力的な)」が「Violet(紫)」になったので朗らかになったのです。では和訳はどうしたかというと、独自判断でヴァイオレット「アイ」と付け足し、その「アイ」を「愛」に読み替えて、なんとか似たようなものを仕上げました。さすがに原文ほどハマってはいませんが、かなりの頑張りだと思います。

 

《オニキスのビショップ/Onyx Bishop》

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彼にとってB4は、観光するにはいいマスだが、住みたいマスではない。

原文:B4 is a nice place to visit, but he wouldn't want to live there.(B4は訪れるにはよい場所だが、彼はそこに居続けたくはないだろう。)

 原文は、”The Past is a nice place to visit, but not a good place to stay”(過去は訪れるにはよい場所だが、留まるのによい場所ではない。)という含蓄のある慣用句を元にしています。そして更に、(これは訳ではまず気づけないと思いますが)盤上のマスの位置を示すB4と「B4=ビーフォー=Before(以前)」がかけられています。B4がBeforeだというのは、流石に英語で考えないとわかりませんね。ひょっとしたらB4のマスにビショップを配置するのが戦略上意味があるのかもしれませんが、チェスの知識がないのでそこは不問ということで。(チェスくわしい人がいたら教えてください)

 

《ブック・ワーム/Book Wyrm》

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彼のお気に入りは「ホビットの冒険」や「グレンデル」などの古典悲劇である。

原文:His favorites are classic tragedies like "The Hobbit" and "Grendel”.(彼のお気に入りは『ホビットの冒険』や『グレンデル』のような古典悲劇だ。)

 注目したいのはカード名。wyrm(ドラゴン)は虫のワーム(worm)と発音が同じなので、読書好きを意味するbookworm(本の虫)とかけられています。wyrmという単語がマイナーなのもあり、少し気づきにくいかもしれません。

 フレーバーについて解説しておくと、『ホビット』や『グレンデル』*1はドラゴンを討伐しにいく冒険譚なので、彼は(当然)ドラゴン側に感情移入して古典「悲劇」として読んでいるんですね。けなげだ。

 

《宴のプリースト/Priest of the Feast》

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かつて宴のプリーストを束ねていた伝説の法皇は、うまい料理を食うと巨大化して口から光線を吐いたといわれている。

原文:Now that's a world champion cheesecake!(さあ、あれが世界チャンピオンのチーズケーキだ!)

 原文のフレーバーは、第二回ブリズコン優勝者のOstkakaに捧げられたものとされています(第一回優勝者のFirebatをオマージュしたカードについてはこちら)。Ostkakaとはスウェーデン語で「チーズケーキ」を意味する言葉なので、原文はこうなりました。和訳の方は、昔の日本のアニメか何かが元ネタのようです。このカードが公開されたとき、当該アニメ画像らしきものが出回ってるのを見た記憶があります。だいぶ古いアニメのようだったので、紀元前とかに生まれた人じゃないとわからないネタでしょうね。私には無理。

 さて、ここまでの流れから、ブリズコンに優勝すると優勝者の名前に関係したカードがつくられることは間違いないようです。仮に台湾人の有名プレーヤー「山下智久」さんが優勝したら「山下智久」のカードがつくられるのだろうか、もしそうなったらジャニーズ事務所が黙っていないのでは…?とひそかに気を揉んでいたのですが、「山下智久」さんは本戦には出られないようなので杞憂に終わりました。今年の出場者の中では、handsmomeguyさんが優勝してハンサムガイなカードがつくられることを楽しみにしています。


《魔力異常体/Arcane Anomaly》

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かつては「空間異常体」として働いていたが、極性を反転されるのにうんざりして転職した。

He used to get work as a Spatial Anomaly, but he got tired of having his polarity reversed.(彼はかつて空間異常として働いていたが、極性を反転されるのにうんざりしてしまった。)

 訳がどうこうと言うのではなく、テキストの意味がまったくわからなかったので調べてみました。「空間異常」というのはSF用語で、主にスタートレックで使われる、時空間の異常、歪みを意味する言葉とのこと。「極性反転」というのは、そのスタートレックで宇宙船や航行時に異常が生じたときにお決まりのように行われる処置のよう(こちらは実際にあるもので、電話などに使われているそうです)。

 私のような門外漢は「極性を反転します!」なんていわれると最先端っぽい!科学っぽい!と感激してしまいますが、実際に極性反転なんてしたら大抵の機械は故障するだけのようで、バカの一つ覚えのように繰り返される極性反転は、トレッキーたちからはなんちゃって科学ネタとして愛されている(?)ようです。フレーバーも明らかにその文脈ですね。

参考:Reverse Polarity - TV Tropes  Top 10 Things I Hate About Star Trek(「極性反転ばっかりすんな!」というトレッキーの愚痴があります)


《番鳥/Avian Watcher》

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お気に入りはかなり昔の学園不良マンガ。

原文:He mostly watches light romantic comedies.(彼はたいてい軽いラブコメを見ている。)

 まず原文が面白い。watchという単語が「監視する」という意味と「(テレビ画面など動いているものを)見る」という意味を持っているのを利用しています。「Avian Watcher(鳥の監視者/番人)」というカード名といかめしいイラストで緊張感たっぷりなところを、フレーバーはソファで寝そべってテレビドラマに耽るダメ鳥に読み替えています。たぶん『フレンズ』でも見てるんでしょうね。

 さて、和訳はというと、カード名「Avian Watcher(鳥の番人)」を「番鳥」と訳して不良の「番長」とかけて、後者の意味でオリジナルのフレーバーを仕立て上げています。カード名を読み替えてゆるい感じのフレーバーにするのは原文と同じアプローチですが、訳文自体は全く異なるという(というかそもそも翻訳はしていない)非常に高度なローカライズでした。しかも、ちゃんと面白いのがすごい。次の一枚がなければ、これが私のベスト翻訳でした。


《帽子から猫/Cat Trick

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ハッとして キャット出て ヒョウッと隠れる 手品ーニャ

原文:"I know some new tricks, a lot of good tricks. I will show them to you. Medivh will not mind at all if I do.”(私はいくつか新しいトリック、たくさんのすてきなトリックを知ってるよ。それを君たちに見せてあげよう。)

 元ネタは『The Cat in the Hat(キャット イン ザ ハット)』という欧米では定番の児童書の一節(ほぼ)そのままです。猫のトリックといえば、あちらでは誰もが思いつくものなんでしょう。

 翻訳をはじめて見たときは、トリックだから子供の手品師ユニット「てじなーにゃ」か、この手の単純なローカルネタは飽きたよ…と毒づいていたのですが、ちゃんと見るとそれだけではありませんでした。「ハッとしてキャット」というのは、先の児童書『The Cat in the Hat』の実写映画の邦題であり、原文のネタを無視はしていません。更に「ヒョウッと隠れる」というのは、このカードで召喚されるステルスを持ったヒョウのことを指しているわけです。つまり、この和訳は、①原文のネタをちゃんと踏まえ、②能力の説明を加え、③更にローカルなネタを付け足す、この3つを短いテキストの中でやってのけた(おまけに語呂までいい!)超絶技巧の和訳だったのでした。敬礼。 

The Cat in the Hat (Beginner Books(R))

The Cat in the Hat (Beginner Books(R))

 

 

 

*1:グレンデルは古代の叙事詩『ベオウルフ』に出てくる怪物の名前なのですが、フレーバーの「グレンデル」がその『ベオウルフ』のことを指しているのか、それを近代の作家が再解釈した小説『グレンデル』のことを指しているのかは不明